「原状回復して募集をかければ、そのうち決まる」。そう回してきた物件が決まらない——名古屋の賃貸オーナーから、この相談が増えています。次に浮かぶのは「リノベして家賃を上げる」ですが、判断に必要な数字が整理されていません。先に結論です。
名古屋市の空き家は173,000戸、空き家率13.2%。うち118,100戸(68.3%)が賃貸用の空き家で、放置空き家に近い「賃貸・売却用等を除く空き家」は3.4%です(総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査」2024年9月公表)。増えているのは荒れた空き家ではなく、募集に出ているのに決まっていない賃貸住戸です。
なお「13.2%」の分母は総住宅数で、空室率とは別の指標です。賃貸ストック比なら名古屋市は約17.7%(118,100戸÷〔同+借家550,300戸〕。同調査から当社が算出)。管理現場の入居率は全国で委託管理94.2%・サブリース97.0%(日本賃貸住宅管理協会「日管協短観」第28回・2023年度実績)。94.2%は年間5.8%が空室ということで、名古屋市の民営借家(非木造)の平均家賃65,460円(同住宅・土地統計調査)なら年間約45,560円の空室損失です。
国土交通省のガイドラインで、オーナーにとって決定的なのは次の一文です。
次の入居者を確保する目的で行う設備の交換、化粧直しなどのリフォームについては、…経年変化及び通常使用による損耗等の修繕であり、賃貸人が負担すべきと考えた
(国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」平成23年8月)
改正民法621条(2020年4月施行)も同じ考え方を条文にしています(e-Gov法令検索)。さらに経過年数のルールがあります。クロス・エアコンは6年、流し台は5年、給排水・衛生設備は15年で残存価値1円。一方、クリーニング・鍵の紛失・畳表・床の部分補修は経過年数を考慮しません(いずれも同ガイドライン別表2)。全国平均の居住期間は単身3年3ヶ月、ファミリー5年3ヶ月、全体4年2ヶ月(日管協短観 第28回・2023年度実績)。クロスの6年に当てはめます。
| 退去時点の入居年数 | 借主負担 | オーナー負担 |
|---|---|---|
| 単身の平均 3年3ヶ月 | 45.4% | 54.6% |
| 全体の平均 4年2ヶ月 | 30.3% | 69.7% |
| ファミリーの平均 5年3ヶ月 | 12.5% | 87.5% |
| 6年以上 | ほぼ0% | ほぼ100% |
※上表の負担割合はすべて当社試算で、公表統計ではありません。計算式=(6年−入居年数)÷6年=借主負担、残りがオーナー負担。入力値はクロスの耐用年数6年=国交省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」別表2、平均居住期間=日管協「日管協短観」第28回。
入居者が一度入れ替わるころには、クロスの張替え費用の大半がオーナー負担になっている。 なお「原状回復の相場」が見つからないのは国が金額相場を公表していないからです。Q&Aも「費用は…物件ごとに異なるものとなります」(Q13)と述べるにとどめています(同ガイドライン)。
モデル物件(仮に置いた条件)は名古屋市のマンション1住戸、2LDK・築30年。家賃は民営借家(非木造)の市平均65,460円(令和5年住宅・土地統計調査)とします。
| コース | 主な工事内容 | 費用の目安 |
|---|---|---|
| A. 原状回復 | クロス全面張替え・クリーニング・補修 | クロス1㎡1,100〜1,550円 |
| B. 部分リノベ | Aに加え水まわり1〜2か所と床 | 洗面20〜30万円/トイレ30〜40万円/床60〜90万円 |
| C. フルリノベ | 水まわり4点+内装全面+間取り変更+造作 | 定額プランで437.8万円(税込) |
※表内の費用は、A・Bがホームプロ「リフォーム費用と相場」の中心価格帯(統計ではなく成約事例の集計)、Cが自社公表値。水まわり4点(キッチン100〜150万円・浴室100〜120万円・洗面20〜30万円・トイレ30〜40万円)を合計すると250〜340万円です。なお表内の工事内容の箇所数は、Bの「水まわり1〜2か所」がコース設定として置いた仮定値(例示)、Cの「水まわり4点」がキッチン・浴室・洗面・トイレを数えた列挙による数です。
| 投資額 | 月+3,000円 | 月+5,000円 | 月+8,000円 | 月+10,000円 |
|---|---|---|---|---|
| 50万円 | 13.9年 | 8.3年 | 5.2年 | 4.2年 |
| 200万円 | 55.6年 | 33.3年 | 20.8年 | 16.7年 |
| 437.8万円 | 121.6年 | 73.0年 | 45.6年 | 36.5年 |
※上表の回収年数はすべて当社試算。計算式=投資額÷(月額上昇額×12ヶ月)。投資額50万円・200万円と各列の月額上昇額は、ご自身の数字を当てはめるために置いた仮定値(例示)で、実在の相場や当社の実績ではありません。437.8万円(税込)は自社公表値。金利・税・空室は考慮しません(以下同じ)。
437.8万円のフルリノベを家賃アップだけで回収する計算は、名古屋の平均家賃帯では成立しません。 仮に月8,000円上げられても45.6年で、RC造・住宅用の法定耐用年数47年(耐用年数省令 別表第一)とほぼ同じです。「リノベで家賃がいくら上がるか」を示す公的データも存在しません(国交省・日管協・IREMの各調査に該当設問なし)。この表はご自身の物件の家賃差を当てはめて判定するためのものです。
家賃65,460円の住戸なら、空室期間を仮に置くと1ヶ月で65,460円、3ヶ月で196,380円、6ヶ月で392,760円が逸失します。値下げも一度きりではなく続く減収です。仮に同じ家賃を5%下げると20年で約79万円、1割下げると約157万円になります。「工事にお金をかけない」という判断も、無料ではありません。
入れ忘れやすい費目もあります。工事期間は自社サイトの施工事例で約2か月のため65,460円×2ヶ月=130,920円を原価に足します。消費税は住宅の貸付けが非課税のため控除できず(国税庁No.6226)、税抜398万円と税込437.8万円の差額39.8万円が実費です。
フルリノベが成立しやすいのは、①どのみち原状回復に相当額かかる(判断すべきは437.8万円の全額ではなく差額)、②空室が長期化している、③売却・相続で資産価値を上げたい、のいずれかです。原状回復だけで決まる物件で家賃アップを狙うのは、数字上おすすめできません。
民間賃貸に入居した世帯の住宅選択理由は「価格/家賃が適切だったから」が45.8%で最多、「デザイン・広さ・設備等」は27.3%で5番目です(国土交通省「令和7年度 住宅市場動向調査」令和8年7月17日公表)。入居者の一番の関心は家賃であり、「工事で家賃を上げる」より「同じ家賃で決まる・長く住んでもらう」を狙うほうが現実的です。
設備面の選択理由は「間取り、部屋数」65.8%、「住宅の広さ」55.3%、「台所の設備、広さ」32.9%、「浴室の設備、広さ」27.3%の順です(同調査)。間取りと広さが、個々の設備より先に効いています。 優先順位は①故障・欠落の解消 ②内装 ③水まわり(20〜150万円/か所・ホームプロ中心価格帯)④間取り、が現実的です。
住戸単位の工事では、間取り変更や水まわりの移動が構造・配管・管理規約で制限されます。壁を抜けるかはマンションの間取り変更はどこまでできる?、規約の制限はマンションリノベと管理規約、水まわりは水まわりリフォームの基本をご覧ください。価格の物差しには定額制フルリノベーションプラン(398万円税抜/437.8万円税込)が使えます。住まい向けの商品ですが、工事の中身は貸す住戸でも同じです。
誤情報が多い領域です。2026-07-21時点で公式ページにあたった結果です。
オーナーが申請者になれるものもあります。国のセーフティネット専用住宅改修事業が補助率1/3・62万円/戸(一定の工事で125万円/戸)で令和8年12月11日まで受付中(この日は正式な交付申請書の提出期限で、事前審査は1ヶ月以上前に開始が必要/住宅金融普及協会 令和8年度交付申請要領)。名古屋市 住宅確保要配慮者専用賃貸住宅等補助事業が2/3・100万円/戸(工事内容によっては200万〜400万円/戸)ですが今年度は6月1日で受付終了(市案内)。賃貸集合給湯省エネ2026事業が5万円/台(追焚なし)・7万円/台(追焚あり)で受付中、ただし申請は施工業者経由です(資源エネルギー庁)。いずれも10年以上の登録・家賃上限・着工前の交付決定などの条件があり、工事より先に申請の段取りが要ります。
使えない制度もあります。名古屋市の空き家活用支援事業費補助金(2/3・上限100万円)を「賃貸に使える」と紹介する民間サイトがありますが、市の公式ページの対象用途(滞在体験施設・交流施設など)に賃貸住宅は含まれていません(出典:名古屋市公式ページ)。
賃貸住戸の一般的な内装改修だけを目的にした補助金は、今回調べた範囲では名古屋に見当たりませんでした。 やるべき工事を決めてから、乗る制度を探す順序をおすすめします。全体像はリフォーム補助金2026にありますが、本記事は貸す側が申請者になれる制度に絞っています。
Q. 原状回復費用は、どこまで借主に請求できますか?クロスは6年で残存価値1円まで下がるため(国交省ガイドライン別表2)、6年以上住んだ借主に全額は請求できません。ファミリーの平均居住期間5年3ヶ月(日管協短観 第28回)ならオーナー負担は約87.5%です。
Q. 空室対策のリノベーションは、いくらかければいいですか?回収から逆算してください。437.8万円(税込)を仮に月8,000円の家賃上昇で回収すると45.6年。家賃65,460円を仮に1割下げて埋める選択も、20年で約157万円の減収になります。原状回復にかかる費用との差額で判断してください。
Q. 名古屋の賃貸は、実際どれくらい空いているのですか?名古屋市の空き家173,000戸のうち118,100戸(68.3%)が賃貸用、賃貸ストック比なら約17.7%です(令和5年住宅・土地統計調査)。全国の入居率は委託管理で94.2%(日管協短観 第28回)。
Q. 賃貸オーナーが使える補助金はありますか?国のセーフティネット専用住宅改修事業は1/3・62万円/戸(一定の工事で125万円/戸)で賃貸人本人が申請でき、受付は令和8年12月11日まで(令和8年度交付申請要領)。名古屋市の制度は2/3・上限100万円/戸ですが今年度は終了(市案内)。着工前の交付決定が条件です。
Q. リノベーション費用は、その年の経費で落とせますか?修理・改良の費用が20万円未満、またはおおむね3年以内の周期なら修繕費にできます(国税庁No.1379)。フルリノベの多くは資本的支出で、給排水・衛生設備は15年、RC造の建物本体は47年で減価償却します(耐用年数省令 別表第一)。住宅の貸付けは非課税のため工事代金の消費税は取り戻せません(同No.6226)。
空室が続く物件について、まず一緒に確認するのは次の点です。
「原状回復だけで十分」という結論になることもあります。数字が合わないのに工事をおすすめすることはありません。
図面と募集条件(家賃・空室期間・過去の入居年数)をお持ちいただければ、この物件はどのケースかをお出しします。複数所有なら、どの住戸から手をつけるかの優先順位からご相談いただけます。
お問い合わせはこちら。「賃貸物件の空室相談」とお書き添えください。
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